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見方によっては2通り|映画【華麗なるギャツビー】

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終わってみれば解釈と結末は2通り、1つ目はこの作品【華麗なるギャツビー】を冒頭から真剣に観ていて主人公が物語の語りべ的な役回りでいた”ニック”が冒頭に医師、カウンセラーへ自分を説明していた一部に「小説家…」とも言っていた。しかし、メインストーリーが始まりレオナルド・ディカプリオ(以下:レオ様)が演じる『ジェイ・ギャッツビーが登場し始めると【ギャッツビー】の一人舞台となり友人という立場でニックはナレーションに勤める。結末の映像ではどちらと取る、受け止めるのかは見ている物に委ねられたように映り幕を閉じた。

 

レオ様登場からは当たり前にレオ様映画だなと感じる作りであり、華やかさが表立っているというかなんというか、成功者を演じアメリカンドリームですよ的な見え方をしていた。語りべ、主役はニックなのだが従妹?デビーという女性がヒロインとなり物語は展開していく。

 

そう、レオ様演じる【ギャッツビー】がデビーに召されるという物語 そこをお膳立てして本筋は【ギャツビー】とはなんなのか?を明らかにしていくことにフェードしていくが…でなければ少し間の悪い持て余した内容にもとれる物語。

 

分かり易く描かれている物語は進行を急かすかのように金持ちが登場し、パーティー会場が主となり、嫉妬と人を疑う描写も多く、登場人物をある程度間聞き込んだ事故という出来事をきっかけにしてサスペンス的に変化していく。

 

終始、ギャッツビーの資産の大きさの理由とその存在がフォーカスされ恋心と偏りが映し出される。略奪愛の心境を半ば汚く見せることで視聴者にギャッツビーの人格を片よらせ印象づけているようにも取れた。主人公ニックは最後までギャッツビーの良き理解者、友として寄り添う努力はするが野心を成立させる対象が金の方ではうまくいったが、愛と人の感情の方では物を動かすように、いとも簡単に自分よがりな結末を得る事は叶わなかったギャッツビー。

 

過去に激しく求めあった二人が時を経て再会し、お互いの気持ちは変わらない様な部分を双方で再確認し合うが現実は追い付くことが出来ずにそのギャップに対してギャッツビー、デビーも体は脊髄反射しているが脳とは乖離していることへ、どこかしら気づきながら確かめあっているようにも見えた。

 

映画【ソーシャルネットワーク】で使用された技術、作品自体が長すぎて、撮影時間をコンパクトに納める為にセリフを時間内に入れ込む手段として俳優陣全てが早口演技をうながされたということが過去に公開されたが、単純にそれと同一ではないにしろ、ストーリー展開が真、せわしなくしている描写は視聴者が疲弊してしまう印象を与えているのはいなめないと私は受け止めている。

 

多くの資産、金を持とうが略奪愛は成立することが出来ずにしっぺ返しが待っているんだよということを遠からずも言わんとしている風にも映った物語だが、結果ニックはなんだったんだろうという疑問符で幕が閉じられている。

華麗なるギャツビー : 作品情報 - 映画.com

この映画【華麗なるギャツビー】はリバイバル的作品でファンは多いのだろうが、初めから最後までレオ様映画だなと感じる点は多く嫌いはないが、レオ様が出演している過去作品【ビーチ】【キャッチ・ミー・イフ・ユーキャン】、今作の監督作品【ロミオとジュリエット】には勝らなかった。