前に進むための場所

過去の掘り起こしを未来に繋げる

介護職員初任者研修(講座受講10回目)

 講座、実習内容が卒業試験へ向けてのロールプレイ段階に入って来た。

移乗、移動。

麻痺を患う方への介助。

ベッドから起きて、(座位から端坐位へ)態勢を保持し立位して貰い車椅子へ移乗するなど。シチュエーションは勿論様々だ。

加えて移動の介助も始まり、移動のイメージは入浴後に脱衣所でパジャマへの着脱介助をし、杖でベッドまで移動を想定。ベッドまで辿り着いたらベッド上での座位までがゴールだった。

 ついて回る物は自立を促すやり取りだ。片側麻痺を想定して行われる実技のロールプレイは介助される側ができるところは必ず声をかけ誘導する。それがなかなか難しい。どうしても介助する側が手を出し過ぎてしまう部分は多い。この掛け合いが一番難しいところではないだろうか。

 待つとは自分が思うよりも障壁が高い。

 

 介助される側、車椅子に乗り、車椅子に自分が座っている時に介助され移動してもらう体験を改めて味わった。

小刻みに車椅子を右往左往されると恐ろしい程に乗り物酔いを誘う。こんなに違和感があるとは想定外だった。これは経験しておくべきだ。どうしても気持ちが焦ったり、自分本位に急ぐと車椅子を早く目的地に安定した方向で操作したいがために動かしている瞬間はある。介助されている側が受ける脳の揺れのような、視界の不安定さはなんともいえなかった。改めなければいけない。

 

 講座後半、杖がメインの用具として取り出され実習は歩行介助にフォーカスされた。

当然社会生活を送っていれば杖をついている方も階段の上り下りはする。この杖を使用した介助体験も、される側、する側へと順番に回り担当した。場所は階段。日常では当然のような想定外、階段内側には手すりがあるビルと外側には手すりが未設置のビルが存在する。

 講座受講の建物はそのまんまのシチュエーションだった。

介助される側は左麻痺を想定。

階段上りは手すりがあるが、階段下りは手すりがなく、壁を右手でつたい介護担当役に介助されながら階段を下りる。小さく表現しても恐怖体験だ。実習だが危険度、事故の可能性も高い為に階段を下りながら杖をつくのは最後の残り2段くらいとなった。

 たった残り、最後の2段だったが恐怖心は簡単に理解出来た。

毎日このようなシチュエーションを往復している方がいると思うと言葉がでない気持ちもある。しかし、これも偏見とされた言葉に繋がってしまうのだろうか。

難しい。

 

 卒業試験のような、講座最後に行われる実技試験は講座受講者全員同じテーマではないらしい。介護現場を想定した教室へ出席番号順にひとりづつ呼ばれ、実施される。試験課題が記載された用紙から受験者自身が思う、安全な介助方法を数分で判断、把握し試験モデル役へ介助を行う。採点は加点方式。

 

 現実、介護現場では当然であるシチュエーションなのだから仕方がない。

 

 なにはともあれ、実技試験当日までに介助する際の声掛け、説明・同意を得るということぐらいは当たり前とし自分本位にならない介助意識を持つことに重きをおこう。

 

GWはゴールデンウイーク特集

今週のお題「懐かしいもの」

 

 子供の頃、小学生の時期だけ野球少年だった。

近所で遊ぶ相手、年齢が1個上、2個上が多かったからか。

住まう地区には日本ハムの工場に勤める父母を持つ家族が沢山居たからか。

通う、小学校には軟式野球スポーツ少年団があったからか。

とにかく学年が2つ上の、5、6人の野球仲間のような集いに歳が2個下の私はいつも呼ばれて参加していた。仲間に入れて貰っていた。

 この頃の小学生が集まれば公園で草野球をやるか、仲間内の都合がつく家でファミコンを囲み、遊ぶカセットは「ファミスタ」、「燃えプロ」、「甲子園」、「ベストプレープロ野球」、「ハリキリスタジアム」などネタがつきることはなかった。それぞれがお気に入りのチームを決め各々が対戦していった。

 

 夕飯時に成れば各自、解散し家に帰る。

夜になればニュース番組のスポーツコーナーが待ち遠しかった。

その日のプロ野球ニュースがダイジェストでまとめられて放送される。

リアルタイムで観るよりも、好プレーが瞬時に飛び込んで来て子供だった自分には最高の瞬間だった。

 

 新聞のスポーツ欄を観察するのも楽しみのひとつ。

特に三冠王に関わる打率、打点、ホームランのランキングを見るのは興奮した。

 

 現代でも野球チームを短縮して表現する場合、アルファベット表記が使用される。

例えばGならジャイアンツの略。Wならばホエールズ。(今は無き大洋ホエールズが存在した時代…)

 

 当時は他のことには一切、目もくれず野球、野球だった私なので新聞のテレビ欄を眺めていても前述した日本のプロ野球チームのアルファベットに反応してしまう日々だった。

 

 そんなとき、季節はいまと同じような5月の頭。

 世の中はゴールデンウイークに入り、テレビ番組もゴールデンウイーク特集が多く組まれ放送されていた。新聞のテレビ欄もタイトルの頭には大抵がゴールデンウイーク特別番組のような書かれ方がされていた。

 

 そんな折、単細胞な小学生の私は新聞のテレビ欄を眺めていると

【GW特集】

と頭に書かれた番組が放送されるのを発見した。

ジャイアンツ VS ホエールズ特集」

だと強引に解釈した私は心躍らせた。

親にこの番組は絶対観たいからよろしくと、その時間帯のチャンネル権を直訴したくらいだ。興奮していた。

 勿論、その番組は野球番組ではない。なにかのゴールデンウイーク特集でしかない特番のひとつだった。両親も私が固執しすぎるあまり変に思ったのか、その番組が始まると

「なにを期待しているの?」

と聞いてきた。

その時になり、やっと私は目に映るテレビ番組が

ジャイアンツ VS ホエールズの特集】

ではないことに気づき、絶句し、終始無言になった。

 

父は晩酌がてら、笑っていた。

 

介護職員初任者研修(講座受講9回目)

 前回から実技が始まり、9回目の講座へ。

教室に到着するなり私より早めに来ていた同講座を受講している生徒達は既にベッドメイキングを始めていた。私もなんだかんだいつもより早めに到着していたことに改めて自分自身で理解する。

 適当に受講前の準備を済ませ、気持ち的に身はひいているが私も一度、講座前に先週のおさらいベッドメイキングをしてみた。前回ポイントとなったシーツのメイク、ベッドへ寝そべる人の頭側の左右、隅っこ、角は三角コーナー。足が置かれる側の角は四角コーナーをイメージ通りにいくか試してみたかった。

 前回の講座終了後に自宅にてGoogleを開き、それらの画像を見ると案外すんなりと手を動かすイメージは固まった。その通りに着手してみると腑に落ちた。

出典・引用:Youtube,Google.com

 

…シーツをシワなく張る。

 ここでの疑問は左右に分かれ2人が左右の三角コーナー、四角コーナーに同時に着手していることにある。あくまで講座であり、練習でもあるので口はださないが…疑問は左右の2人が半ば同時にベッドメイキングの練習をしており、片方のメイクが終わるまで待つことなく、着手していることで永久に両端の長さとシワの張具合は思う通りにいかないということに着手している2人は気づかない。2人で、左右で少しづつシーツを引っ張り合っているのだから当然だ。第3者的に傍観している私にはそう映る。なぜ…声をかけあって左側が済んでから右どうぞ…のような声がかけられないのか。必死なのはわかるが譲り合いも大事だろう。そして視野と視点も必要だと思う。そこを踏めばあと少しだけシーツのベッドメイキングはシワがピンと張られ、本来の目的である褥瘡防止、予防の為にそれを行っていることが理解できるのではないだろうか。(余談ではある。悪意はない。)

 

 今回の講座メインは麻痺を患った方への介助シチュエーション。

先ずは、自演で上着(トレーナー等)、下履きズボン(スウェット等)を左側手足の麻痺状態を意識し、各自が自分の座る席で、椅子に座ったまま脱ぎ着した。とにかく想定できる片側麻痺感覚と手足の動きの状態を意識したあと、ベッドメイキングが済んでいるベッドでひとりがモデル(片側麻痺、ベッドに仰向けになる)ともう一人が介助側(持参した着衣を纏ったモデルの上下服を一旦脱がせ、講座、教室内に保管されている既定のパジャマを着させる)に分かれ行った。

当然のことだが片側の麻痺を自演し、着衣の脱ぎ着をしてみるだけでその大変さは理解できる。そして演習は介助がメインだが、モデルをすることで体感する介助を受けている側の気持ちを少しだけ知ることができた。介助を覚えることも大事だが、やはり介助される、されている側の状態を体感することは大切だ。

 介助側から届く声の大きさや、聞こえてくる場所、触れられる部分。どこをとってもデリケートな意識はつきない。

私は敢えて毎回モデルを買ってでるが、そこが狙いでもある。介助される体験を多く受けたほうが介助する側に立った時の立ち振る舞いや、言葉が変わり、より一方通行にならないと踏んでいる。

 

 講座は実技に入り、時間が過ぎる速度、体感も大きく変化した。座学をこなしていた時よりも誰もが早く時が経ってしまうことに焦りもあった。そして、順番に実技をおこなうということは、常に皆に見られながらなのでより緊張し声のトーンも下がる。

教室にはベッドが2台。生徒は10人程。2グループに分かれモデル、介助と2人づつ進行するが、実演しない他の生徒は手が空き傍観者と成る。

 実戦でそんなことはないが、不思議と注目を浴びてしまうこの練習の場は独特だ。BGMがあるわけでもなく、無音で進行するのでより介助側の声かけだけが空間で唯一の音で存在する。(耐え難い。)

 

 講座は実技に入り、脳も実技の脳に切り替わり、そして脳は座学を忘れて行っている気がする。

この点はやっかいだ。

 

ラジオはプライベート空間、聴く側のパーソナルスペース

今週のお題「ラジオ」

 

 AM、FMの違いもなんだかよくわかっていなかった。

子供の頃の最初の感情は

「TVがあるのに、なぜ?ラジオを聞くのだろう…」

だった。

 

 夏の日、大きい雷が鳴る日が来ると一時的に停電が起きた。停電になれば部屋の電気は消え、頼みの綱のTVを見ることができなくなっていた。

そこで登場するのは母親が所有していたラジオ、母が昼寝をする時にカセットテープに好きなアーティストの曲をダビングして聴くのに使用していた赤が基調で長方形のラジオカセットというのか、略してラジカセなのか。そこにオプションとして付いているラジオ機能を使う。

 停電中の為に家に電気は通っていない。ラジカセのラジオを聴くには大き目の電池をラジカセの背面の蓋を開け、電池を数個はめ込み電源を入れる。

 子供ながらの不思議はここにもあり。停電だから電池で起動できる電化製品を使っている最中、電池で起動している物に

「なぜ…雷は落ちないのだろう…」

と言葉にはしなかったが、赤が基調で長方形のラジオのアンテナを見つめながら思っていた。敢えて母にも、姉にも質問はしなかった。

 雷と停電とラジオ、それが噛み合った時は必ず父は不在だった。一般的に仕事、そして付随は平日の夕方といったところか。

 

 停電を無音で過ごさない為の母の気遣いか、気を紛らわせるひとつの手段か。真意を問うたことはない。そして、流れていた放送局もなんだったのか今更だが意識にも記憶にもない。停電中を音として存在していたラジオ。

 

 私はうつぶせに成り、雷の光を遮断するような方向に顔を向けて、なるべくなら雷の大きい音を耳に入れない様ラジカセのスピーカーから発せられるラジオの何かに集中した。しかし、記憶には放送された番組のなにかは残っていない。

 

 次にラジオに出逢ったのは中学生の時だったか。

技術・家庭という名の授業の一環、避難用具のひとつだろう。懐中電灯、ラジオ、サイレン機能の3つが付属した文庫本ぐらいの大きさの黄色が基調の避難用具を工作した。

工作キットになっているそれは、黄色のカバーは既に出来ており、中に仕込むラジオを受信する為の基盤を半田鏝(はんだこて)を使い指定された箇所を接合し完成させる。

 私はそれの意味を理解出来ずに、言われるがまま指定された箇所を接合していったが終わりを迎えてもラジオが受信されることはなかった。クラスの半分くらいの生徒は接合に成功しラジオを受信出来ていた記憶が残っている。

 

 そこから数年が経ちラジオを自分の意思で聴く時が来た。世のエンタメではジュノンボーイから登場した武田真治に人気が集まっていた。私も彼が気に入り、彼が映るTVをよく観ていた。そんな彼がラジオ番組を担当するという情報を得た。

 次の日、武田真治繋がりの友達に朗報だと急いでその情報を伝え、中学生ならではか、意味もなく休み時間に盛り上がっていた。

 

 武田真治のラジオ番組が放送される日が来た。番組が開始される時間のだいぶ前から、私はラジオの前に立ち、聴く準備を完璧にしていた。今思い返せば失笑してしまうような風体だが、その当時の私は真剣だった。いうなればライブ会場へ入ることが出来、お目当ての推しが登場するのを今かと震える面持ち。

そんな中学生をいっとき、熱狂させた彼の番組は……

 

武田真治 HIT FACTORY(1994年10月 - 1997年3月、TBSラジオ

引用:

武田真治 - Wikipedia

 

ラジオ番組ではCMと併用し曲が流れる、その選曲もナビゲーター次第。

この武田真治 HIT FACTORYの初回放送時、リスナーへ向けて流された曲は確か……

スウィング・アウト・シスター*1

だったと記憶している。

 

 今思い返せば、ラジオで芸能人が好みの曲を紹介し、それが流れた。たったそれだけのことに中学生はラジオの前で仁王立ちし、ラジオの前でひとりで歓喜していた。

 

 もしかするとラジオは思春期の大切な一コマだったのかもしれない。TVは居間で観る。そうするとどうもがいたとしても通りすがる家族にはその時に映るTV番組などを共有している状況はさけられない。人目がある中で楽しむTVとは対照的にラジオは人目を気にせずに個人の、プライベート空間で歓喜出来たツールなのかもしれない。

 

youtu.be

 

*1:スウィング・アウト・シスター は、イギリスのクロスオーバー、ポップ系男女デュオ。ヒットを出した当初はトリオだった。1986年の「ブレイクアウト」 や「サレンダー」「セイム・ガール」などのヒット曲で知られている。音楽ジャンルは、シンセポップ,ブルー・アイド・ソウル,クロスオーバー,ラテン音楽などに分類できる。

引用:

スウィング・アウト・シスター - Wikipedia

介護職員初任者研修(講座受講8回目)

 受講8回目、この回から講座は実技、実習にはいる。

出席後、ある程度すると前回に提出した2枚目のレポートが採点された状態で各自に戻された。私も講座に慣れたのか、レポートにも慣れたのか提出1枚目のレポートよりもミスがなく不安はない面持ちだった。

採点後のレポートを受け取り、点数を確認すると自分の中のイメージ、予想通りの点を取っており無事に合格していた。

 

 今回の実習内容は、シーツのたたみから始まり、ベッドメイキング、(三角コーナー、四角コーナー)シーツ交換(体位変換)が主のようだ。

 

 実習に入る前、先に少しだけ座学として睡眠(レム睡眠、ノンレム睡眠)がテキストに沿って話された。

睡眠に関しては【筑波大学 柳沢教授】について講師が語っていた。私は全く知る由もなかったが、現在とにかく、この方に変わる睡眠の分野において右に出る人はいないだろうということだった。

 

柳沢正史教授は、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の機構長を務める睡眠研究者で、睡眠の仕組みを解き明かす神経科学の基礎研究に取り組んでいます。柳沢教授は、1日に必要な睡眠時間は個人差がありますが、6~8時間程度が目安だと述べています。また、朝起きづらかったり、昼間に眠気を感じる場合は睡眠が足りていない証拠だと指摘しています。質の良い睡眠の条件として、浅い眠りと深い眠りが交互に安定して現れることを挙げています。

 

引用:Google.com

 

wpi-iiis.tsukuba.ac.jp

 

 その後、介護、介助が必要なベッドで生活を主とする方へのシーツ交換はなぜするのかという簡単な説明に入った。

理由としては「褥瘡(じょくそう)、いわゆる床ずれ」を防ぐ為」

床ずれが進んでしまうとシーツのシワ、そのシワに発生するホコリそれだけでも大きな悪影響を利用者(入所者)に与えてしまうので衛生を目的としたベッドメイキング、シーツ交換だということを学んだ。

 聞き慣れない言葉【褥瘡:じょくそう】には小話が入った。「じょく」は、褥=「しとね」と読め。古典の世界では『寝具』のことらしい。「そう」は、瘡=「キズ」の意味合いとのこと。要は『寝具』で『傷』を負うことが【褥瘡】らしい。

勉強になりました。

 床ずれなんて冗談話で若い頃使っていたが、そんな生易しいものではない。無知とは危険なことである。

 

 実習に入り先ずはベッドで使用するシーツのたたみ方。これは2人1組で両端からたたんでいき、たたみ方を理解する。要は新しいシーツを使用する際に折りたたみ方が利用しやすい様にたたまれていることを学ぶ。正しい方向、向きでなければ張り替えた際に裏表や向きがことなり不衛生にもつながるということだ。

 

 ベッド頭側に位置する角の三角コーナーと、ベッド足元に位置する四角コーナー。これは現在ボックスシーツが主流の世の中の為に、施設や場所によるものらしいが現在採用されている場は少ないとのこと。実際私も現場等では見た事はない。ビジネスホテルなどでは現在もこのやり方をしている所はあるらしい。

出典、引用:Yahoo知恵袋

 

 なにより、ベッド2台があり5人1組程度でグループに分かれ。1人づつ教わった三角コーナー、四角コーナーのシーツの貼り方に着手していったが皆、不思議はひと動作行う度に次の行動や、行ったことをギャラリーに確認するかのように、同意を求めるかのように進めようとすることだ。わからないなりに一連の流れで行っていってしまえば講師の直しや、アドバイスは投げられるのにいかんせん自信のなさからか、いっこうに進まない。ここは人間の心理か。回数を増やし手を動かさなければ覚えないと私は思うがもどかしい場面だった。この演目も実技試験にあるという前提からかもどかしい。

 

 次に生徒の一人がベッドに横たわり、体位変換からシーツ交換をしていき、実習は体位変換、ボディメカニクス*1の活用に入った。

 

 シーツ交換も体位変換も、ボディメカニクスも当然に見ているのと手を動かすのでは雲泥の差があった。頭でイメージできていようが着手すれば思う様にはいかない。数を熟すしか方法はないし、あくまで講座で、教室で仮の練習ではあるが、動作と並行し言葉をかけながら利用者(入所者)を誘導することの現実に苦闘する。

 善い意味で~ながら運転は困難だ。

 

 介護する人、介助する側、利用者、入所者それぞれが十人十色だからこそ、その場で起きる事由は無限の状況である。

 

*1:ボディメカニクスとは、「body(身体)」と「mechanics(機械学)」を組み合わせた言葉で、日本語では「身体力学」を意味します。人間が動作するときに骨や筋肉、関節がどのように相互に作用するかといった力学的関係を活用した介助技術で、医療や介護分野においては無駄な力を使わず、看護者や介護者の負担を軽減する手法として導入されています。
引用:Google.com

後回しにすること良かれとした過去

今週のお題「名作」

 

 何が狙いであったのか。不明であることは確かだ。「名作」と聞こえた作品。聞こえてきた物を直ぐに手にし観たり、読んだりすることを避ける性格。人が集まる、注目する物をその時、その瞬間に皆と同じように後を追うことが格好悪いと思っていたのが理由だろう。そしてその同じ時には何か別の自分が好むジャンルの掘り出し物を探し楽しみ発見したものが結果、より善ければ自分の中で

「これが名作だろう」

などと心で吠える。

 

 後で理解したことは世に言われる「名作」を観た、読んだ時に感じることはいつも

「すげー」

とか

「面白い」

とか

「はぁー」

と感心している。

だったら何故……早く、先に、人を割いてでも「名作」に手をつけられないのか。

 

 嫌な性格をしていた。過去。

 

 本を読むようになり、積読するようになり、時間があれば本を読むようになったことでなのか、それが「名作」を早めに着手するようになった今があることにつながっているかどうかは定かではない。しかし、今は過去よりも「名作」に反応し反射的に手が出るようになったと自分のことを解釈している。

 

 「名作」に手を出すことが罪のような不思議な感覚は何故生まれたのだろうか。

出来れば持って生まれた物ではないと信じたい。

 

 「名作」も個人の嗜好によるもので左右されるであろうが、私は以下の2つの作品をあげたい。

 

映画

2001年宇宙の旅

(製作・監督:スタンリー=キューブリック

 

小説

青い鳥(メーテルリンク/堀口大學 訳)

 

介護職員初任者研修(講座受講7回目)

 座学もあっという間に7回目を迎えた。この日はレポート2枚目の提出日でもあった。私は意外と早め早めで手をつけていたので特に焦りはなく採点を待つばかりといったところだ。

 

 次週からは実習にはいるが4月に入り1週間を経過する時間の体感が増してきている。

 

 少しだけ実習に向けての内容を講師も織り交ぜて声をあげていく。そこにはベッドメイキングも登場した。多分、私はベッドメイキングが下手だと予想している。理由はあまり把握していないが過去の経験上、上手ではないことに自分だからこそ踏まえている箇所がある。そして好みでないことも。

 

 講座スタートは「生活と家事」をテーマに進んだ。訪問、施設場所は、サービスはどれにしろ利用者さんとの会話の中で朝食を摂ったか、食べたかはヒアリングとしても重要なこと。コミュニケーションのひとつとしても有効。

 朝食は年齢関係なく様々だ。

白米、パン、食べないか、食べていないのか。

時代と共に朝食の種類に変化もあったようで、キャリアが豊富な講師も現場にいた当時の驚きを話していた。

「平成、令和の時代は朝食を伺った時に”シリアル”と答える人もいる。」

と……

ここは誤りを訂正するかのように講師は言った

「私も未だ偏見が完全には取り払えないようです。」

と……

そう、高齢だからといって、年長者だからといって『シリアル』を朝食にする人もいるといった内容だ。高齢者イコール白米かパンしか朝食にしないという脳は偏見なのである。

 

 今回、最初のグループワークは食事のメニュー考案だった。前置きとしてテキストを元にメニューの構成順を学んだ。ここは

「へ、え…」

と新しい知識を得た様に頷けた。

 食事の献立を作成する際に(勿論食べる側の健康状態を考慮してのことだが)順序が存在した。

主食→主菜→副菜→汁物→(果物、乳製品)

このような流れで(対象に疾患等があればそれに適したメニューを……例えば高血圧、75歳男性とわかれば1日の摂取カロリー1800kcal内で作成)

カロリー計算もしながら、これらを約30日(1カ月)分作成し実行し継続していくのだから骨が折れる。

 

 次に来週から始まる実習に向けて福祉用具の簡単な説明、触れることに講座は移った。例えば簡易トイレについては利用者さんがベッドでの生活がメインとなっている場合もありトイレまで行けないなど間に合わないシチュエーションで利用されている福祉用具。これは便座を支える足の部分が円状に作られており、その円筒は2重構成で内側の円筒を回転させることで足が伸びたり、縮んだりできる。高さが調整可能だ。ただ運ぶときに引きづってしまうとその円筒の一部が回転してしまい4本ある足の一部が短くなっていたり、伸びて一か所だけ長くなり不揃いが発生すると危険だということがある。

 

 車椅子、ドイツ製の物を実習では使用されていた。ここはポイントがひとつ私の頭を混同させた。手でかけるロックの部分が私の馴染みのある車椅子とは逆の物だった。車椅子の座席、左右に付いているタイヤの直ぐ前にタイヤを止める為のロックするレバーが左右に付いている。(車でいうサイドブレーキの役目だ)私の知っている車椅子、馴染みの車種はレバーを前に倒すと解除され車椅子が進行できる。手前にレバーを引けばタイヤがロックされる車種に慣れていた。しかし、実習で使用するドイツ製はこのシステムが真逆であった。レバーを前に倒すとタイヤにロックが掛り、座席側にレバーを引くとロックが外れタイヤを走らせることが可能だ。混同した。

 

 この日の後半に紹介された福祉用具のひとつ【スライドボード】は大きく納得を得た。ベッドから車椅子。車椅子からベッドへの利用者さんを移乗させる介助の際に使用される用具のひとつ。

 両方の間へ橋渡しさせるかのようにその【スライドボード】を設置、かませ、その上を利用者さんをお尻で滑らせながら双方へ移乗介助する。特に重量がある利用者さんへは有効である。体感してみると予想よりも遥かに安全であり、スムーズだ。

 

 7回に渡る座学の講座は終了し、次回からは実習が始まる。今日だけの時点で言えば座学よりも実習の方が体に染みつくのは早いと感じた。