前に進むための場所

過去の掘り起こしを未来に繋げる

顎を振られて気絶したのは14歳のときだった

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今週のお題「思い出の先生」

 

目が覚めると、見えたのは天井だった。

さっきまでは体育館で部活。バスケをしていた。体育館のコート、天井は今見えているソレとは違うはずだ。

すぐに意識は自分の状態の把握にいった。横になっている。寝そべっている。仰向けになっている。顔は上を向いている。冷たいタオルが額にのせられていた。ソファか。横にさせられていた。起き上がれるので起き上がり、両足をソファから下ろし、前を向いた。そこには女子バスケットボール部の顧問がいた。

「気づいたか?大丈夫か?」

と声を掛けられた気がする。もうだいぶ昔のことだから会話の細部まではおぼえていない。多分、そんな言葉を掛けられた気がする。

わたしの意識が戻り、起き上がったことに気づくともう一人、女子バレーボール部の顧問も来た。気づけばココは、この部屋は体育館入り口のすぐ右側に位置するミーティングルームと呼ばれる部屋だ。要は顧問の先生が事務仕事をしたり、休んだり、練習試合の時に来た他校の顧問をもてなすような、食事をとるような場所だ。

気を失ってから何分経過したのかは不明だ。

倒れて運ばれた本人がわたしだから。

人間に顔を殴られ、張り手のような、掌底のかたちで数発ほど殴打され脳を振られたことで脳震盪を起こした経緯だろう。もう詳細は闇の中だ。まあわたしもわたしで殴られ、顔をひっぱたかれ、説教を適当に聞き流せば終わるだろうとタカをくくり、怒られている間は手を、両手を後ろに組み、「ハイ!」と女子バレーボール部の顧問の説教を聞いていれば終わると思っていた。

しかし、状況はいつもとは違っていたようで女子バレーボール部の顧問の鍛え抜かれた筋肉と掌の強烈さから14歳当時のわたしの耐性は弱く、先生から受ける殴打の威力に耐え切れずに気を失って倒れてしまったようだ。

その倒れるまでの映像、視界に映った異変は今でもハッキリと覚えている。なにぶん初めての経験だし、そんな出来事はなかなか起きない。狙っても難しいだろう。プロのボクサーや格闘技の試合ではコレが日常茶飯事かと思うと少し恐怖を覚える。

右に、左に先生の張り手が飛び交い、私の頬か顎をヒットした。何発貰ったかはおぼえていない。4から5くらいだったかな。その数くらいでわたしは先生の顔を見ていたつもりがいつのまにか昔のブラウン管TVの2チャンネル映像、砂嵐のような状態に切り替わった。…その後は気づくと体育館の入り口、右側にあるミーティングルームのソファで目を覚ましたという流れだ。

顎にヒットせずに頬に少し当たりがズレていれば意識は失わなかったのだろうか。まあそんなことどうでもよい。

女子バレーボール部の顧問の先生が何故、わたしの頬を殴りにまで来て、お説教をしたかったかというと理由は単純だ。

その日、体育の授業がいつも通りにあった。お昼過ぎだと記憶しているから5時間目あたりかな。内容は柔道だった。思春期のアンバランスな心持などあまり思い出せないが何か理由があってか、特に理由はなくてかわたしはその日の体育の授業、柔道を休み申請、見学申請をし参加しなかった。

そして、学校の全部である6時間目まで完了し各生徒、部活の時間になった。

わたしは男子バスケットボール部に所属していた。

もちろん、体育、柔道の授業を見学し欠席したのだからバスケットボールの部活も見学していた。

体育館の部活利用区域はコートが2面に分かれている。

入口側を使うのは大抵、男子バスケットボール部

奥側、上座は女子バスケットボール部

バレーボール部が使う場合もそんな形だ。

ただ、バスケ部とバレー部が混合して利用する場合は奥のコートは半分に区切り片方は女子バレー、もう片方は男子バレーと区切られる。

この日は、確か入り口側にわたし達、男子バスケ。

奥には男子バレーと女子バレーが練習していた。

女子バレー部の顧問はわたし達の体育授業を担当する先生だ。

 

…いつもとおりの部活が始まり、わたしも見学を続けていると部活は後半に入った。男子バスケの練習で後半は試合形式でおこなわれる。5対5、オールコートを使った仮試合のようなものだ。タイム約5分。14歳のわたしはあたりまえに傍観していたのだが、急に衝動にかられてしまいウズウズしだし、気づけば部活の見学をやめ、ゲームに参加しフルパワーでバスケに参加してしまっていた。

そこに気づいた、隣のコートで女子バレーを指導していた体育の先生は怒号を挙げ男子バスケのゲーム練習に入り込み、すべての雰囲気を止めさせ、わたしのもとにやってきて怒鳴りちらし、わたしを殴り始めた。

勿論、前述したとおりわたしはすぐに気を失ってしまった為にほとんど覚えていない。

後になんでそうなったかを整理、バスケ部の友人に聞いてもいないが、説明されたので理解できた。

話は単純である。

体育の授業を見学した…サボった。

しかし、なぜ?

部活、バスケ部の練習は参加し動き回れるんだ…

『僕の神聖な体育の授業を侮辱、冒涜された』

という主張が後に判明した体育顧問の胸中だったらしい。

 

日体大を卒業して、地元の学校に赴任する教員は多い。

そして学校の中で縦社会が生まれる。

恐ろしいと中学生ながらに先生たちの関係性を傍目から伺っていたが。

いまでもそんな要素はあるんだろうか。

学校の先生もいろいろ大変だな。

成りたくて、その職業を選択したんだろうけど。

人間は十人十色だからな。