前に進むための場所

過去の掘り起こしを未来に繋げる

姉が読書感想文に選んだ本/ヘルマン=ヘッセ【車輪の下】

当ブログではアフィリエイト広告を利用しています

姉が小学5年生?6年生の時に読書感想文を書くために読んだ本が【車輪の下】だったはずだ。記憶にある。小さいながら対抗した私は「金色のライオン」を母にねだった気がする。姉は勉強が出来るタイプであり、自分なりのやり方、結果を生む方法をすでに確立していたんだと思う。後に成人してから、30代くらいの時にその話をなんとなくした。

2024年の10月くらいにたまたま手に取った【車輪の下】そんな思い出が蘇った。わたしは子供の頃にも大人に成ってからも未だ未読であったこの本を読むのにいいきっかけとなった。

本編を読み始めると前半1/3は成績優秀な主人公ハンスが父に与えられた環境を一生懸命進んでいる何気ない日々が書かれていた。少し期待はずれなところもあったが前菜はいつもどの本を読み始めても用意されているものだ。このままこの用意された環境が文章で続くのも辛いと感じた。

中盤に差し掛かった時、ページは157。

ハンスとハイルナーの会話。

「ねえ、ハンス、きみはまだ一度も女の子のことを追っかけたことはないのかい?」

引用:ヘルマン=ヘッセ(集英社文庫車輪の下(P157)

状況は変わったと感じた。一度も登場することのなかった異性の話が持ち上がった。かたくなに神学校に準ずる朴訥な情景が続くとみていたが運良くも変化があった。この先に待ち受けるのは思春期をかえしてヘッセが周りの友人達がどういう感情に移って行くのか期待が生まれた。

エンマの登場はとても好感がもてた。なくてはならなかった存在だし新しい感情に気づいたハンスが描かれていた。読み手側に思い出を綺麗に振り替えさせてくれたシーンではないだろうか。青い時間。

いつのまにかハンスは社会の波に揉まれたりしてあっという間に大人のような状態に身をおかざるをえなかった。現実においても時間は待ってはくれず、ならざるをえないことは多々ある。神学校での不遇は自らの責任もあるかもしれない。友人の影響も勿論。誰もが味わうことではないだろうが、一部の人間は共感してしまう処遇であるようにみえた。

わたしはこの【車輪の下】は2024年に初めて読んだが、姉は小学生の時に読んだ。果たして理解や、同調、文章を受け止める事ができたのだろうか。

2024年の12月だったか、姉と会話した一部、

「先生と仲良くする生徒、先生にすり寄って行く生徒の気持ちが理解できない」

とカフェの席で姉は何気なくつぶやいた。

そこは私も同じであった。

 

ハンスの最後は誉められたものではないけど。

自分も似たような境遇は多々あった。

赤坂見附の駅、乗り換えた青山一丁目駅のホーム。

銀座から歩いて北へ向かった時。

早朝の埼京線