前に進むための場所

過去の掘り起こしを未来に繋げる

卒業したかった2番目という立ち位置

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今週のお題「卒業したいもの」

 

 東京での生活が4年目に差し掛かった。

 板橋本町にまた住むことになった僕は独りだ。家賃は6万円、共益費は2千円。駅からは近い。商店街と商店街の間に位置するアパート。大家さんは同じ建物の3階に居をかまえている。1階は家業の鶏肉店だ。朝、僕がアパートを出るには必ず大家さん一家と顔を合わせなければ外出することは難しい。

 同棲していた彼女(中島)と別れ、目黒区祐天寺を離れてから約半年が経つ。意識しないようにしていたところで感じる淋しさはわかりやすい。自分が寂しいと思う気持ちを感じるのは当然だ。2人で過ごした時間軸がいまでは全て相手のことを気にせずに1人で進んで行くのだから。ただ、寂しいからだけで一緒に居ることで生まれ来る後の寂しさも理解はしていた。2番であることの代償は大きい。僕が相手(中島)にとって1番目の彼氏であれば納得できたのかというとそうではないが。

 この先、歳を重ね経験を積むことで解消できてしまう内容なのだろうか。(中島に自分とは別の男の影がわかった時点で離れるべきだった)

しかし、寂しさからかお互いにずるずると時間を過ごしてしまった。

 

 気持ちを切り替えたいと何かに打ち込もうとするが、あまり器用ではない僕は特に良い案が浮かばない。独りであるという時間を打ち消したかったのか。正確な心情はわからない。とにかく異性を求めていたのかもしれない。

 

 僕が住む賃貸アパートから最寄りの駅まで行く道の途中には線路を渡る直前に雑居ビルがある。1階には個人経営に見える雑貨屋、100円ショップのようなお店。2階にはキャバクラ?スナック?正直、見た目では判断つかないがそのようなお店がある。

 夜、7時ぐらいになると男性の黒服が入り口に立ち通り行く人々に小さく声掛けをしている。その声は時折、僕が住む2階の部屋まで聞こえてくる。お店の客層は主に地元に住む人達か、近隣の十条から来る陸自の面々だ。(北区、十条には駐屯地がある)

 迷惑なことにその陸自は人数多めで来ることがあり、先輩、後輩や部隊の違いで揉め事を起こし騒ぎ騒音として僕の耳に届く。(後で揉め事の発端を人伝えで聞くと、靴を踏んだ、踏まないというようなことらしい)

 

 僕が住む部屋は独りで住んでいるので当たり前に静寂が継続される。対照的に直ぐそばにあるお店。線路を渡らずにして入ることのできるキャバクラのような場所からは楽しそうな男女の会話が聞こえてきてしまう。

 部屋の位置が同じ高さ、平行に2階に位置するからだろうか。

 

 そんなガヤガヤとした男女の音と共に夜を過ごしていると僕の気持ちは好奇心にかられてしまい、目と鼻の先に位置するお金を払い、女性と会話するサービスのお店へ足を運んでみたくなった。(地元ではそういったお店に行ったことがない)

なんだかそのお店に足を踏み入れるのは悪いことをする境界線を跨いでしまうかのような気持ちにもなった。一線を越えてしまうのではないかと。(純粋なのか、世の中を知らなさ過ぎたのか)

 

 お店の入り口の黒服さんに入る意思を伝えた。声の大きさはいつも以上に小さくなってしまった。

「1名で入れますか……」

黒服さんは当然のように僕を後ろに引き連れてお店の階段を僕が想定するよりも早く登って行った。登りきると右側にある扉を開け店内に通された。店内は薄暗いよりも、もう少し暗めだった。気持ちとしては急いで店内の情報を取得しようと辺りを見渡すが、サービス側キャストの女性、お客さんとして丸椅子に腰かける男性の顔、表情はほとんど伺うことができない。

 僕は店内中央付近のテーブルへ案内され丸椅子に座った。続いて足早に接客する女性が対面にある丸椅子に横滑りするかのように座った。薄暗い照明の中で彼女は名前を伝えてきた。

「アリカです」

……間が空き、僕も自分の名を伝える。

 

 店内は満席なのか、盛況なのか把握することはできない程度に暗いが正面に座り接客をしてくれているアリカの声には耳を傾けなければしっかりと聞き取れない程に雑音が響く、大きく。しかし、それはあまり耳障りではないと感じた。

適当に会話のキャッチボールが進み、落ち着いたところでアリカは予想外のことを口にした。

「次から会うのは外だね」

僕はリアクションがうまく取れなかったが、アリカが言っていることは直ぐに理解できた。なぜその言葉に繋がったかはわからないがアリカから好意を受けたのだろう。そう思うしかなかった。特段嫌な気持ちもしなかった。その言葉の後に僕とアリカは携帯番号とメールアドレスを交換したと思う。

 次、外で会う為に。

 アリカから携帯電話に来た連絡は早く、初めて顔を合わせた後、数時間後には届いていた。アリカは自分の仕事が終わってから直ぐにメールを送信したのだろう。その時間は僕にとっては朝方だが、アリカにとっては勤務後だ。アリカが家に帰る時間帯。

 

 翌週からアリカは仕事終わりに僕の家を訪問するようになった。自然に、あたりまえかのように。アリカの職場と僕の住むアパートまでの距離は100メートル圏内に位置した。一度覚えてしまえば間違えがないような場所だ。アリカの勤務は深夜2時、3時頃に終わる。退勤するとそのまま僕の家に流れ着くようになった。

 お互いのコミュニケーションの成功がなにをかえして実ったのかは不明だが、ひとつ核になったのはロックバンドSOPHIAが好きという共通点かもしれない。カラオケでも選曲するというキーワード。それを理由にしたいだけかもしれない。2人とも、言い訳はひとつくらい持っておきたい。

 

 アリカと僕は付き合っているのか、関係性は単語に表せられない状態のまま時間が過ぎる。暗黙の了解のような2人の時間。当然だが共有する時間が増えれば増える程にお互いの人間関係や相関図が少しづつ見えてくる。踏み込むことが2人とも苦手な性格のように感じてはいたが、人間は見え隠れするものに敏感にアンテナを刺激される生き物だと思った。

 

 アリカは僕と一緒に過ごす時間の中で決まった時間帯に携帯電話を操作することがあった。僕はそれに気づき、始めは見て見ぬふりをした。脳裏で気づきたくないと殺気立ったのかもしれない。心で感じ始める

「アリカには彼氏がいる」

アリカに問おうと頭で考えるよりも先に口ではアリカに言葉を投げていた。

「彼氏いるよね?」

アリカは僕が問う言葉を投げてから特に否定する素振りもせずに耽々と彼氏とのいきさつ、状態、今を伝えてきた。

 

 卒業したかった2番目という立ち位置に自然と、あたかも用意されていたかのように僕は成った。

 アリカの2番目に。