前に進むための場所

過去の掘り起こしを未来に繋げる

逃げる様な引っ越し。

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今週のお題「大移動」

 

「いや…それだったら居ろよ。東京に…留まれよ。」

『いや…なんかもういいかなって思いました。地元戻ろうかな、かなって…』

「戻ったら終わりだぞ。田舎にはなにもねえんだから。」

『まぁそうですけど。…。』

後で聞いた話、この時4つ年上の先輩あきらさんは僕が東京を離れ田舎へ引っ込んでしまうと深夜の遊び相手がいなくなってしまうので取り敢えず必死で止めただけらしい。

後輩思いとか優しさでは特になかったらしい。

当の僕は優しさをかけてもらえていると勘違いしていた。

 

この時期、春から夏にかけてまだぼんやり暖かくてハーフパンツとTシャツとサンダルを身に纏い深夜のファミレスに集まることが日課だった。

あきらさんは詳細不明の無職だが学大に彼女と同棲している。

僕は彼女の家、祐天寺のTSUTAYAの向かえのアパートに同棲していた。

お互いの集合場所は駒沢通り沿いにある24時間営業のファミレス。

ドリンクバーとポテトがお決まりのメニュー。

深夜に訪れ、だいたい朝まであきらさんが眠くなるまでくだらない話で盛り上がり時間を使い果たす。

 

事の発端は僕の彼女の浮気。ある時、どうどうと浮気相手が同棲中のアパートの前まで排気音が低くて重いカスタムされた車で僕の彼女を迎えに来た。彼女もどうどうとしていて浮気相手の車が到着したら【行ってくるね】と軽やかに僕に言い放ち出掛けて行った。

浮気相手が僕の彼女に携帯電話で【着いたよ!】と連絡しないでも迎えに来たのが直ぐに理解出来る程の太い重厚感のある排気音を響かせる車に乗っている僕の彼女の浮気相手。のちに彼は、僕と別れた彼女と正式にお付き合いが始まる。

 

この日をきっかけに僕の彼女が居ぬ間に急いで引っ越し計画が始まった。

手を貸してくれるのはあきらさん。

あきらさんは車を持っている。よくいうボルボの角ばった四角い角がたっているボディの色はモスグリーン。でもあきらさんは詳細不明の無職だ。家賃、駐車場、車の維持費をどう裁いているのかあきらさんに出会ってから毎日疑問だった。

 

あきらさんの案で

「同棲を解消して新規でアパートを借りたら初期費用で損が大きい!」

「引っ越しも業者に頼んでしまったら安くは済まない!」

と現実を教えてくれた。僕は東京に出てきて5年も経っていないし経験値が低かったのかそういったことに疎かった。騙されやすくもあった。

『でも?どうしたらいいですか?』

と僕は地元にも引っ越さないで同棲を解消してこの後やり直していく術が思いつかなかった。

「俺が車を出すから軽い荷物を先に引っ越し先に複数回にわけて運んじゃえよ!」

「そして冷蔵庫とか大きい家具だけ俺のボルボに乗せて運べば完了だよ!」

と言ってくれた。東京にあまり知り合いも友人もいない僕は心強かった。

 

僕が同棲を解消して新たに一人暮らしを再開させるアパートを新規で借りようと思っていた矢先、ここでもあきらさんの知恵が働いたのだが…

「前のアパートの大家さんに直接電話連絡してまだ借りていた部屋が空いていたら、たくさん謝罪、あやまってさ!その部屋住まわせてください!って頼めよ!」

言っていることはわかるが、実行できるか不安なアドバイスを貰った。

 

もう後がないような僕はあきらさんに言われたアドバイスを直ぐに実行出来たのは若さもあり、世間を知らないからこそ行動に出来たと思う。

不安をよそに前に住んでいた大家さんに携帯電話で連絡しあきらさんのアドバイス通り話を進め大家さんにお願いしてみると…大家さんは

【お兄ちゃんがまた住むならいいよ。まだ次の人決まってないし。空いてるよりはいいから。しょうがないけどいいよ。】

とうまくいってしまった。

 

直ぐに僕は祐天寺の彼女の部屋から自分の荷物を適当にまとめ複数回に渡り、東横線祐天寺駅を始発に、渋谷駅で乗り換え板橋本町駅までのルートを往復した。若造が東京に出てきた時の荷物なぞさほど多くないので往復で約5回ぐらいすると予定の、小さい僕の荷物の移動は終わった。

 

本番は冷蔵庫とかの大きい荷物をあきらさんの車で移動させることだ。

彼女が仕事へ行った後にあきらさんが車で学大から祐天寺まで急いで来てくれた。

 

賃貸に安全の目的で設置してあるセキュリティ。

時にオートロックシステムは邪魔になる。こんなときオートロックがなんだかとても邪魔に感じた。あきらさんは僕より体が大きく筋肉を持て余している感じもあったので冷蔵庫や大きな荷物をボルボにしまい込むのは2人で協力すると早かった。

結果的には大した量ではない大きな荷物たちをボルボに入れ車は僕の新しく住むアパートであり、少し前にも住んでいた板橋本町のアパートへ向かった。

 

要は板橋本町で一人暮らしは2年ぐらいなのに、彼女の家に同棲を初めて約1か月ぐらいでこの件が発生したのでとんでもない短期間での大移動だ。

それゆえに板橋本町の大家さんは遠く事情を理解してくれていて、また僕がとんぼ帰りすることを許してくれた。大人の人情かなと、僕は勝手に受け止めていた。

 

板橋本町のアパートに到着すると急いで大きな荷物たちをあきらさんと僕とで2人だけで2階の部屋へ運んだ。引っ越し業者の助けがない為に道路にボルボを路駐しながら引っ越しをしていると瞬く間に警察に駐禁を切られる恐れもあり必死に急いだ。

何よりそれをあきらさんが一番恐れていて過剰に反応していた。

それだけは避けたかったようだ。

 

『無職であることと何か関係があるのだろうか…?』

と僕は少し頭で思ったが、切符を切られ、罰金を支払うというマイナス要因が嫌なのは当然だという結論に陥った。

 

この日の前日、僕は彼女から手切れ金なのか…引っ越し費用に値する金額を受け取っていた。彼女からしてみれば同棲する形になったのは彼女からの持ちかけであり板橋本町の僕のアパートを引き払う理由にもなり、自分で祐天寺に呼び寄せたがあっという間に追い出す形になったことへのせめてもの償いだったのだろうか。

 

あきらさんの手伝いのおかげで急遽始まった大移動はお昼過ぎだったか、15時前くらいには落ち着いた。適当に部屋を片付け細かい整理は徐々に僕が済ませていけば良いだけの話だ。

あきらさんは大きい荷物がボルボから出し終わると即座に車を近隣のコインパーキングへ駐車しに行ってきた。あきらさんもこれでやっと一息着けた。

事が落ち着いたワンルームの部屋で2人とも胡坐をかき座る。

煙草に火を付けた。

あきらさんは赤マル。

僕はラッキーストライク

深夜のファミレスとは違った雰囲気だった。

昼間でカーテンの無い窓から強い太陽が差し込むからか。

あきらさんと僕が座る間には灰皿とプレイステーションが置いてあった。

 

あきらさんが口を開いた。

「申し訳ないんだけどさ…引っ越し手伝い賃てことで少し金貸して欲しいんだ…」

「近日中に支払い1件あってさ…」

「頼める??」

驚いた僕は…驚いたけど脊髄反射で理解した。

『引っ越し手伝って貰ってお礼なしはないよな…先輩に…確かに…』

『でも今あきらさんが貸してと言っている金額は小さくないな。』

『参った。』

あきらさんは僕が彼女から貰っていた手切れ金のような物を知っていたのだろうか。そんなことはあるはずがないと考えたが。別に考えたところで今、目の前であきらさんが僕に借金前提でお金を要求しているのは間違いない。

しぶる僕を伺い…あきらさんは言った。

「10日後くらいに全額返せるから。間違いないから。それは大丈夫だよ。」

と繰り返した。

温度感的に切羽詰まっているように受け止められた。

僕は悩んだ。悩みたくないがイエスとは言い出せなくて短いけどものすごい熟考した。

そして腹は決まり、あきらさんに面と向かって答えた。

『僕はお金人には貸さないんです。なんだか自分が損した気分になってしまうようで…好きじゃないんです。人にお金を貸すの。すいません…』

『あきらさんを信用していないとか…そういうことではないです。』

『はい。…』

空気は重くなったし、あきらさんの表情は過去一ひきつっていた。

僕もリアクションは取れなかった。

顔は下を向けたまま…

 

夕食、僕は一人で食べた。