この季節、子供の頃にTVをつけると避暑地が特集されていた
”軽井沢”
”清里”
とかが記憶にある
多分、8月に避暑地に行ったことはない
足を運べる距離として、感覚として奥日光があった
踏み入れたことはある気がする
家に居座り、エアコン、クーラーにあたり時間が過ぎるのも…
と思い車を走らせた
車で道路を走り栃木県日光市に入れば、おのずと日光杉並木*1を通る(勿論、別のルートもある)
父が栃木県の鬼怒川出身ということもあり子供の頃からこの日光杉並木は毎年のこと 車で通っていたので馴染みがある光景だ
この杉並木はずっと続く
途中に道路標識などとあわせて地名が表示され位置をある程度把握できるが、ずっと杉並木が続く
不思議な魅力があり「不安」と『安らぎ』を同時に感じられる
両側、杉並木をひとつ越えれば民家など普通に街並みが目に映る
人が居ることがわかる
杉並木で遮断されている
車に乗っている時にいつもならBGMなどひきりなしにかけているが、この時は永遠と無音で運転し杉並木がBGMと成った インターネットからも遮断された様な気にもなった
この日、渋滞がなかったのも要因のひとつではあるだろう
永遠と視界に映る景色はあまり変わらないのに、継続して運転を続けられる道
何の作用かは不明だが自分にはリフレッシュ効果さえある
先週まで時間がうまくコントロール出来ていない事に大きくストレスがあった
目の前に今は利用されているかどうかも不明な橋が登場しただけで大きな変化を感じる この時点で当初の目的であった『”奥日光”避暑地へ行く』はどうでもよくなりスッキリした感情の変化があった
たったこれだけの事で気分をガラリと移行可能なのだから安上がりに出来ている脳みそなのかもしれない または子供の頃の馴染みある景色を観てヒーリング効果*2があったか
「まぁ…なにはともあれ御の字だ」
日光街道は、日本の江戸時代に設けられていた五街道の一つ。 江戸日本橋を起点とし、日光坊中に至る街道。 道中には21の宿場が置かれていた。日本橋から宇都宮までの道程は奥州街道と共通であった。この区間にはもともと古道奥州道があったが、日光街道の開通とともに日光街道と称されるようになった。 ウィキペディア