前に進むための場所

過去の掘り起こしを未来に繋げる

自分で決めてきた現実と対比する心【高校生のためのアドラー心理学入門 岸見一郎 訳】

「そうなんだよな……」

と頷く。

繰り返す納得。

綺麗に読み進められる文章。

書かれていることに続く

「yes」

 

 へそ曲がりか、天邪鬼か読書に時間を割かない過去は外国の物を日本人が訳したような代物たちを色眼鏡でみていた。

「解釈は違っているんじゃないの?」

……とかを思い。

 

 いつの間にか読書が当たり前になって、そんなものはどこかへ消えた。

 

 長く、細々と読んでいた

【高校生のためのアドラー心理学入門 著者:岸見 一郎】

終わりに近づいた。

 そこには高校生、未成年だった頃に知れたら良かったことが沢山書かれていた。理解出来たかどうかは別として。(理解できる人間性が欲しかっただけかもしれない。)

 

 この書籍、後半に【親のせいにしない】という項目がある。そこには……

 

一体、親を責めるのにどれだけ意味があるのでしょうか?親の影響力はたしかに大きかったのです。それでも、親があなたのライフスタイルを作ったのではありません。あなたがそれを選んだのであり、そのことから今のあなたがあるのです。親だけではありません。あらゆる対人関係や、環境、過去のすべては、あなたに影響を与えたかもしれませんが、それらがライフサイクルを決めたわけではありません。

引用:

【高校生のためのアドラー心理学入門

なぜ自分らしく生きられないのか

著者:岸見 一郎】

 

……と書かれていた。

ここを読むまでは私の、自分の親などへの想いを共感してくれているように感じていた。味方は本の中の文章にいたのかと。しかし、この引用部分に差し掛かった時はこれまでを覆された気持ちになった。

 

 改めて正式に

「そうではないんだよ。」

と冷静に伝えられた雰囲気があった。

(可能な限り、自分なりに受け止めたつもりではいる。)

 

 長々と時間を掛けて、少しづつだけ読み進めていた本は共感と慰めで終わりを迎える事はなかった。

 

 

 

介護職員初任者研修(講座受講6回目)

 6回目の講座担当、講師は開始数分から自分には合わない様な雰囲気が強かった。テンポ、声のトーン、フィーリングか…。なんだかそんな気がしていた。しかし、約8時間程の講座が終了すればそんなことはなかったと思わせるのは講師の経験値の高さなのだろうか。キャリアも、人生経験も人に接している数、どれをとっても自分とは比較になるものではないのだから当然なのかもしれない。

 

 今回はグループワークが2回あった。1つ目は報告、連絡、相談、と一般的に言われる「ほう、れん、そう、」だ。それをどう共有するのか、どんな時必要なのかを各グループで意見を出し合う。その後に代表者一人が内容をまとめ発表する。この辺りは社会人を何年も経験している私達生徒が容易く思っているのは自然なことだが、介護の現場でどうなのかというテーマであった。

 例としてあげれば、私のグループでひとつあげられた内容は「知らなかった」は通じないものだ。その共有事項はある利用者さんが特定の疾患により施設で過ごす7時間程度の中で摂取して良い水分量は合計で320mlだということ。内訳は午前に施設へ来たときに一杯目として100ml。昼食時に100ml。15時のおやつ時間に120mlとして計320mlとなる。これをその都度、水分を提供したスタッフが共有欄に記載しておく。他のスタッフはそれを都度確認しておき過剰に水分を提供させないことをふまえる。

 過剰も過少もあってはならず、プロである以上は厳守しなければならない。

 

 2つ目のグループワークは麻痺を患った独居高齢者へ【ICFの観点】*1としてどういったサービスが提供できるかという内容を現段階の知識を絞り出し、まとめ発表するというもの。

 事例としては、右側上半身を麻痺している独居高齢者、娘夫婦は隣の市に住んでおり様子を伺いに訪れることが可能な時間は月に1回という生活スタイルの方(事例詳細は省略)へ簡単にいえばケアプランを練るということである。時間制限がある中で持てる知識を使いある程度まとめるのは意外と難しかった。その難しさはグループ内の気の使い方でもある。まだ顔を合わせて6回目の面子で意見を出し合い、うまく言い切れない雰囲気の中で……当然、言うに言えない人も存在する。

 積極的ではない人には私がうまく引き出し役を買い、意見を口にさせなんとか全員1つ以上の案を出すことができた。発表に対しまだ腰が引ける皆に対し外野で聞き耳を立てていた講師が言った。

「座学が終わり、実習が開始されれば講師相手に一人で交渉も、コミュニケーションも取っていかなければならない、今のうちに早め早めで発表癖をつけた方が良い。」

 背中を押す投げかけをしてくれたのを引き金に、私のグループではいつも私が発表をしていたので、今回いけそうな人に役を振り事なきをえた。

 しかし、時間制限があるなかで講座でしか会わない面子との意見をまとめあげるのは苦戦をしいられた。

 

 

 休日を使用し受講している講座であり、疲労は蓄積されるが不思議なことに脳がリフレッシュされるような効果を感じている。

*1:ICFは障害のマイナス面だけでなく、個人の機能や能力のプラス面にも着目する。

距離

 職場に向かう、職場の駐車場に入る前にひとつ交差点を、信号機を右折する。

今日はその信号機が丁度赤で足止めをくった。

その交差点、左側からグレー色の服を着た母親とみられる女性が足早に右側に渡って行った。その母親とみられる女性に少し、もう少し距離を置いてランドセルをしょった女の子、低学年のちいさい女の子がなんとかして後を追いかけているように見えた。

 

 私は、職場の駐車場に車を停め歩き始めた。職場に到着する前に小学校を横目に歩く。いつも通りにその道を歩いた。途中、さきほど交差点で見た母親と女の子がさきほど目にした光景と変わらない距離感で立ち停まっていた。母親は足を止め、女の子の方を振り返り

「!!…。」

なにかを女の子に向かって発している。

それに答えるように女の子も

「!!…。」

母親らしき女性に返答しているが、お互いの意見は噛み合っていない様に映った。

 

 私の憶測は学校に行かせたい母親と学校に行きたくない娘のやり取りだと思った。この場所から学校の校舎までは未だ200m程先だ。まだその中途半場な距離で立ち往生が始まり前に進めなくなっていた光景。

私は、足を止めることなく二人を平行に、横目に追い越していき彼女たちが目的地とする小学校を通り過ぎ職場へ向かった。

 母と娘の朝のやり取りであったのだろうが、変な話……現代にこの光景を目の前にするとは思わなかった。

 

学校までの距離

母と娘の距離

娘と母の距離

娘の涙声

母の表情

小学校のチャイムは未だ鳴らない

 

 なにもしなくても朝の時間帯は時が過ぎるのが早く感じてしまう。

あの埋まらない距離をふたりはどう縮めたのだろう。

 

 

介護職員初任者研修(講座受講5回目)

「エプロン着けていきましょう~」

から始まった5回目の講座。

 実技実習が始まるまで、この日を入れてあと3回程座学の講座がある。

実習用に用意した各自持つエプロンを持参はしているが、纏ってはいなかった。

見かねた講師が声を掛け各自エプロンを纏う。

 私はエプロンの背中部分を交差させて留めるタイプを使用したことがなく、無駄にとまどった。終いは隣の席、またその隣の席の同席する受講生に手伝ってもらい身に着けることができた。

 ことなきを得たが、微妙な心境になった。

 

 5回目の講義のテーマは「障がいの理解」と「認知症の理解」

いつどおり聞き、頭に専門用語をなんとなくでもインプットしていくしかない。そして、レポートに必要な箇所をしっかりと蛍光ペンでマーキングしておくことに力を入れる。

 

 まずは世界保健機関WHOによるICIDHとICFの違い。ICIDHが旧、新がICFという障がいの概念を知ることになった。

 

1. 視点の違い[1][2][4]
- ICIDH は「障害」に焦点を当てていたのに対し、ICF は「生活機能」に焦点を当てている。
- ICIDH は「マイナスの側面」のみを捉えていたのに対し、ICF はプラスの側面も含めて「生活機能」全体を捉えている。

2. 構造の違い[2][4]
- ICIDH は「疾患 → 機能障害 → 能力障害 → 社会的不利」という一方向の流れを示していたのに対し、
- ICF は「心身機能 ⇔ 活動 ⇔ 参加」の相互作用を示している。また「環境因子」と「個人因子」の影響も考慮している。

3. 分類の違い[1][4][5]
- ICIDH は「機能障害」「能力障害」「社会的不利」の3つのレベルで分類していたのに対し、
- ICF は「心身機能」「活動」「参加」の3つのレベルで分類し、プラスの側面とマイナスの側面の両方を捉えている。

つまり、ICFはICIDHに比べ、より包括的で相互作用的な「生活機能」の分類システムとなっているのが特徴です。[1][2][4][5]

参考、出典:

[1] https://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html
[2] https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002ksqi-att/2r9852000002kswh.pdf
[3] https://job-medley.com/tips/detail/895/
[4] http://shuwa-tkgb-syuwa.com/?p=342
[5] https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/42407/9241545429-jpn.pdf?isAllowed=y&sequence=313

 

 次に、午後の講座であった「認知症ケアの理念」

オレンジプランについて……

 

1. 認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられる社会の実現を目的としている[2][3]
- 従来は認知症になると本人の意思に関わらず施設入所や精神科病棟への入院が当たり前だったが、新オレンジプランでは本人の意思を尊重し、地域で自立した生活を送れるよう支援することが重視されている[2]

2. 7つの柱からなる包括的な戦略[2][3]
- 1) 認知症の理解を深めるための普及・啓発
- 2) 認知症の容態に応じた適切な医療・介護の提供
- 3) 若年性認知症施策の強化
- 4) 認知症の予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデルの研究開発
- 5) 認知症の人の介護者への支援
- 6) 認知症バリアフリーの推進と認知症の人にやさしい地域づくり
- 7) 認知症の人の意思決定支援の推進と尊厳の保持

3. オレンジプランからの主な変更点[2]
- 認知症の人の意思を尊重し、地域で自立した生活を送れるよう支援することを重視
- 予防、診断、治療、リハビリなど、認知症への包括的な取り組みを強化

つまり、新オレンジプランは、認知症の人の意思を尊重し、地域包括ケアシステムの構築を通じて、認知症の人が住み慣れた地域で自分らしく生活できる社会の実現を目指す、包括的な戦略となっているのが特徴です。[1][2][3]

参考、出典:
[1] https://www.tyojyu.or.jp/kankoubutsu/gyoseki/ninchisho-yobo-care/h30-1-2.html
[2] https://www.ninchisho-haikai-gps.com/gpscolumn22/
[3] https://www.wam.go.jp/content/wamnet/pcpub/top/appContents/wamnet_orangeplan_explain.html
[4] https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/ninchishou/ogrange-plan.html
[5] https://www.mhlw.go.jp/content/12301000/000331187.pdf

 

……とまあこんな感じで印象強い部分で残った内容を改めて、教材テキストを見たんだか、読んだんだか、まとめたいと思っているのかだ。

 

 最後にこの日、講師が言っていた

「介護職とは生活支援のプロである」

という言葉は強かった。

 

今季の月10ドラマ第一話を観た【アンメット ある脳外科医の日記】

 やはりあの時観た役の印象が強く残っている。2016年に出演の映画「湯を沸かすほどの熱い愛」この作品で娘役、いじめられっ子役を演じていた杉咲花。いじめに立ち向かったシーンはとても強く記憶に残った。そして、今回このドラマ【アンメット】では主役を演じている。私は勝手に納得している。

「やはりな……」

と薄ら笑いがこぼれる。

 

 ドラマには謎めいたキャラクターがつきものだ。このドラマ【アンメット】ではアメリカ帰りの脳外科医、三瓶友治(若葉竜也)が担っていると推測する。まだ第一話目でしかないが。

 余談は、俳優:風間俊介のドラマや映画への出演率は高いとみている。見るドラマ、観る映画にかなりの高確率で出演している。セルフブランディングに成功しているという見方を私はしている。(とても勝手な、個人的見解。)

 

 第一話でゲスト患者的に登場しているレナ役(中村映里子)の回想シーンにある戦隊物ダイバーファイブはうまく笑いを盛り込んだのではないだろうか。

「くすっと……」

息抜きが入った。

医療現場一辺倒ではないのはプラスに加点だ。

 

 ドラマ後半、脳外科医の三瓶が川内ミヤビ(杉咲花)に言い放つセリフ……

「障がいを持った人間は……」

制作側が勝負に出たような印象を残した。強すぎる雰囲気の言葉だ。

 

 

日曜劇場 アンチヒーロー Episode2に期待

 なんとなく再生して、止めて、消して。

そんなこと繰り返して、結局最後まで観ていない作品も多い。

 

 今季放送開始のドラマ「アンチヒーロー

なんとなく観て、最後まで辿り着けた。

Episode1

 

 キャスト陣で気になったのは

野村萬斎

緒方直人

2人の役所が明かされていないからこそだ。

 

 公式ホームページを見ると物珍しさがあった。

相関図と書いてはあるが、らしからぬ。

今後のEpisodeに登場することが明確である俳優陣が写真付きで掲載されている。

俳優名が記載されている。

 

だが、

役名の記載がない。

よくある矢印やコメントで載せる

関係性も一切、見えない。

 

気をもたされている。

 

新鮮だ。

 

Episode2に期待しよう。

www.tbs.co.jp

 

思いもよらぬ危険性【老健のランチ「三色丼」】

 老健*1ランチタイムでの出来事。

 

 利用者さんへのお昼ごはんの提供は学校の給食のようなスタイルで配膳される。

トレイにご飯物、汁物がメインであり、おかずとして肉魚料理、漬物、サラダなどの構成で皿が並ぶ。

 

 その日のメインは「三色丼」だった。

そぼろ、玉子が細かく調理されていて、お好みで白米に乗せて食べる。

副菜のひとつに「インゲン」の和え物があった。

 

 この二品が、私には際立ち、強く印象に残った。

 

 食事中、「三色丼」がメインなので利用者さんはそれを箸、スプーンを使い食べる。

 しかし、そぼろや玉子は細かく調理されている為にポロポロと口に運ぶ前に床にこぼれる。御本人様たちは溢すつもりがなくても、うまく口もとまで運べずにこぼれてしまう。床にそぼろ、玉子が転げ落ちてしまう。

 こぼしてしまっていることに当然、気づいている利用者さんは食べることよりも床に溢したそぼろ、玉子を拾う行動に出る。

 食事どころではなくなる。

車椅子に座って食事をしている利用者さんは車椅子に座った状態から、床にこぼしてしまったそぼろ、玉子を拾う動作をしようとする。

 危険である。

 車椅子に座っているという状況は、必ずしもではないが両足を車椅子の足置き場に乗せている状態。その体制、姿勢から床に落ちているそぼろ、玉子を拾おうとすれば頭から床へ前のめりに転がる危険性があった。

 

それが同時に各テーブルで起きた。

パっと私の視界に映った約三名。

【床にこぼれた…拾う動作】

 

視野に入らなかった人を含めたらもう少し同じ行動を取った利用者さんはいるのではないだろうか。

危険を伴ってしまったメニューだ。

 

ヒヤリ、ハットとして次回は「三色丼」が提供されないことを願う。

 

 今回、利用者さんが床に落ちたそぼろ、玉子を拾う動作で事故は一件も起きなかったが改めるべきだろう。

正直、私には想定外だった。

一件も事故が起きずに良かったとしか言えない。

 

 副菜の「インゲン」の和え物。

これは利用者さんが食べ終わり、下げ善をすると明確になった。

ほとんどの利用者さんが「インゲン」に手をつけずに残っていた。

少し考えてみるとなんとなく理解できた。

 

「インゲン」を調理してもその食感、筋張った部分が利用者さん達は好みではないのかもしれない。

 私の父も歯が弱くなってきており、繊維質のものや、筋張った食材は自ずと避けるようになってきている。

憶測ではあるが、「インゲン」に手をつけなかった人達の理由はそこだろう。

これも次回は避けるべき内容だと思う。

 

 苦手な食材を毎回避けているのは大変かもしれないが、大半の利用者さんが手をつけないメニューを提供するのは替えてもよいのではないだろうか。

改善されることを願う。

 

その場に立ち会わなければ予想もつかなかった、「三色丼」と「インゲン」だった。

 

 

*1:老健(ろうけん)とは、介護老人保健施設の略称で、介護を必要とする高齢者の自立を支援し、家庭への復帰を目指す施設です。引用:Google.com